2016年1月25日月曜日

雪の宝登山


観測史上初、沖縄にまで雪を降らせた低気圧。関東地方にも降雪の予報が出ておりましたが、雪が降ることはなく、しかし、張り詰めた冷たい空気の週末となりました。

毎年、この時期に訪れている長瀞の宝登山(ほとさん)。ネットで調べると斜面によっては満開。ということで出掛けてみました。

寒さのせいか、車も少なく、道はすぃすぃ〜っ、とストレスないドライブ。
秩父方面に近づくにつれ、道端の雪の量は増え、山間部の積雪も目につくように。

雪景色はいいなぁ〜!そんなことを思いながら運転しておりました。


ロープウェイで山頂へ。山頂付近にはかなりの雪があり、冷たい風が吹いています。
真っ青い空の下、黄色い蝋梅の花はほんのりと甘い香りをただよわせて満開でした。


ジョウビタキが蝋梅の林間を飛び回り餌を探しています。一羽のオスが近くの枝に止まると、?という表情で黄色い蝋梅に鼻を近付け、あま〜い匂いをかいでいる僕のことを、まるくカワイイ瞳で見つめていたのでした。


ん〜。山の連なる風景はいいですねぇ〜。「正しい日本の冬の風景」そんな気がします。
そしてまた、考えることは、見えている範囲にどれほどの野生動物がいるか?ということ。鹿は?猪は?熊は冬眠しているだろうか?風景の中からそこに住んでいる動物を想像できるのは素敵なことではないでしょうか。

冷たい風に漂う蝋梅の甘い香りを胸いっぱいに吸い込み、想像力をかきたてたれた雪の宝登山山頂での数時間でした。

2016年1月1日金曜日

あけましておめでとうで、ごザル。



みなさま、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い申し上げます。

2015年12月2日水曜日

我が青春の日和田山

先週末は、近くの想い出の山へ何年ぶりかで出かけました。

家での雑用をさっさと片付けて車に乗り込むと北西に位置する奥武蔵の山の方角を目指しました。

目的地は埼玉県、日高町にある日和田山。ここは高校生の頃、岩登りの練習でよく通った場所です。

天気のいい週末はドライブに出かける車でやや渋滞気味、けれど自宅から車で1時間ほどで行ける場所にあります。




駐車場に車を停め、日の差し込む杉の森を30分ほど歩くと、目の前に突然現れる二つの奇岩。


週末の岩はすごい数のロッククライマーで賑わっていました。


 


30年前、高校生の僕、と、現在の僕。

あの頃はスリムで引き締まり、エネルギーに満ち溢れていたから、こんな岩場はなんのその!スゥ〜イ、スゥ〜イと登っていたのですが......

山岳部の先生とビレイを交代しながら、腕や足がパンパンになるまで何登もし、登り終えると岩の下で火を焚いて焼肉をしたものです。

もう少し体重を落とし、もう少し筋トレをして、また岩登りも復活したい、そんな気持ちになりました。

今年の紅葉はこれで見納めでしょう。繊細な晩秋の森の中で若かりし昔を想い出し、リフレッシュできた週末でした。



2015年11月4日水曜日

Mamiya



Mamiya 645AFD Ⅱ   645ミディアム・フォーマット・カメラ。
四角いボディー、流線型のファインダー。何とも言えないそのフォルムは独特である。

長い間お世話になったマミヤがデンマークのメーカー Phase One に吸収された。
創業1940年、ミディアム・フォーマットの一時代を築き上げてきたマミヤ。
世界中の僕の好きな写真家たちはマミヤを手にしていた。

会社は吸収されても商品名である Mamiya は残るという。

主に動物を撮影することに集中していた僕は、それまでは35ミリ一筋だった。
ある時、知り合いのマミヤの方からお借りした Mamiya 645AFD 。35ミリとはボディーの大きさも、フォーマットも、フィルム装填の仕方もまるで違うカメラに最初は戸惑っていたものだ。

その後、発売された AFD Ⅱ 。このカメラのカタログ写真を担当させていただくことになった。ヨドバシカメラを訪れる度、中判カメラのフロアへ行き、自分のカタログやポスターを横目でニヤニヤと見ていたことを思い出す。


マミヤは写真を撮る上で様々な大切なことを気づかせてくれた。じっくりと被写体に向き合うこと。それまではとにかくチャンスを逃さないようにシャッターを切っていた僕だが、マミヤを持つと一番大切なことはシャッターチャンスではなくなった。

もっとも大切なことは、被写体と心を通わせること......

このカメラを使う時は、被写体の前で何時間でも待ち続けることができた。ゆっくりと露出を決め、ゆっくりとシャッターを切る。シャッターチャンスはシャッターを切った時だった。


氷河とマウンテンゴート

氷河にカメラを向けていると丘の上に一頭のマウンテンゴートが現れた。大きな風景の中に点景で動物が入ってくれるとその景色はまた違ったものになる。広い風景にはフォーマットは大きければ大きいほどいい。


ブラックベアの親子

中判では望遠レンズを使っても引き寄せられる距離はしれている。35ミリと同じ焦点距離のレンズでも、倍近く被写体に近づかねばならない。被写体によっては緊張感は増すが、しかし、それだけ世界には入りこめる。



Mamiya 7 6 × 7 ミディアム・フォーマット・カメラ。
型こそ35ミリ一眼レフに似ているがブローニーフィルムを使う中判カメラ。

フイルム室に特殊なアダプターを入れることによって35ミリフィルムでパノラマ撮影ができる。僕は7のそこが気に入っていた。





フイルムから今やデジタルへと写真界も大きく変わった。
マミヤの吸収も、そんな流れの中のひとつなのだろう。

多くの知り合いの写真家たちはフィルムカメラを手放したという話を聞く。
僕はこのカメラを大切にしたいと思っている。一年に一度でもいいからフイルムを詰め、長い時間をかけて、じっくりと一枚の為のシャッターを切りたいと思っている。



2015年10月13日火曜日

秋をさがして...


先週のこと。

街での疲れを癒すためフィトンチッドを吸収するべくいつもの森へ行ってきました。
長野県某所、白樺とカラマツに囲まれたその中にあるキャンプサイト。

天気に恵まれ、秋の冷んやりとした空気が心地いい日でした。



モコモコとした森が好きです。
針葉樹と広葉樹の混生林、その繊細な紅葉は美しく、詫び寂びの日本の心。

水に映し出される森もまた美しく心に沁みるのです。
森は水をつくり、水は森をつくる。ただ、そこにある森は単純に心地よいのです。




白樺から顔を出したきの子。



ススキは風に揺れ。


森につくと、まず、ビールのプルトップを開け、少しだけ大地にこぼします。
そして、ぐびぐびと飲みながら火を熾します。

焚火を見つめるのは至福の時。

両手を重ねてつくるフクロウ笛、数回吹くと遠くの森からフクロウの声が返ってきました。ゆっくりと答えるように何度も吹くと、鳴き声はだんだんと近づいてきます。

闇に包まれて姿は見えないけれど、すぐ近くにフクロウがいるのを感じました。


家に戻っても服についている焚火の香り、その香りがきえるまでは森を近くに感じていられるのです。

2015年9月25日金曜日

連休最終日

土、日に、敬老の日と秋分の日を含み、5連休となったこの秋のシルバーウィーク。
ほんとうは、いつもの森の中でキャンプをして過ごしたかったのですが、家での雑用があり、泊りがけで出かけることができませんでした。連休最終日、あまりの天気の良さに居ても立ってもいられず、バックシートにカメラと三脚を放り込むと西へと、山の方向へと車を走らせました。

普段なら1時間ほどで到着できるはずの場所も、連休の為、道は渋滞......
向かった先は埼玉県立武蔵自然公園にある多峯主山(とうのすやま)標高は、ほんの271m。気軽に行け、遠くを見渡せるお気に入りの山です。隣にある天覧山にならび、秋には鷹の渡りを観察することができます。


シルエットの山並みが連なる景色が好きです。視野に入るこの風景の中に、どれほどの鹿や猪、熊が暮らしているのかをいつも想像しています。


森の中を歩くのはいいものです。この時ぞとばかりフィトンチッドを胸いっぱいに吸い込んでゆっくりと歩くのです。木洩れ陽を浴び、五感を砥ぎ澄ませながら。風景も気分を持っているはずです、風に揺らぐ草花や樹木からの気が、そう感じさせてくれるのです。


太い幹はいつも、どこからかジッと森に来る人間たちを見ている、そんな気がしてなりません。


緑を透過する太陽の光。森を走る鳥の影。鬱蒼とした森は生命力に溢れています。


秋に日陰に咲く不思議な恰好をした花はヤマホトトギス。


大小さまざまなキノコも顔をだす秋の森。


尾根に続く杉の小径。アラスカにこんな道があれば、かなりの確率で熊に遭うことでしょう。道の脇には猪が植物の根を掘り起した、いくつもの跡がありました。

森の出口で目にした注意書。


街へ戻り、高麗川沿いの巾着田へ。
自宅からそれほど遠くない場所なのに訪れたのは初めてでした。

曼珠沙華の花は満開。
夕方の光の中で、広大な土地を埋め尽くす真っ赤な花は神秘的に輝いていました。



2015年9月2日水曜日

偉大なる山



アラスカへは25年ほど通っただろうか?
その度に様々な角度から見上げ続けていた山、マッキンリー(6194m)。

僕にとっては、世界で一番思い入れがあり、一番好きな山です。

1896年、ゴールドラッシュのアラスカで金採掘者が当時の大統領候補者だったウイリアム・マッキンリーにちなんで名付けたという。翌年、ウイリアムは第25代合衆国大統領に就任した。

一方、アラスカ先住民であるインディアンたちはこの山を、「偉大なるもの」という意味のデナリ、と呼んでいました。

1975年からアラスカ州政府はずっとデナリという名前を公式に使うように働きかけており、僕が初めてアラスカを訪れた1988年にもアラスカンたちはマッキンリーという名前より、デナリの名に親しみを持ち、そう呼んでいたものでした。

先日、8月31日。オバマ大統領はアラスカを訪れ、Mt. Mckenly を Denali にすると宣言しました。


リフレクションポンドに映るデナリ。
何十年も何十回も通いつめた場所。アラスカ山脈の全貌が現れ、無風で水面に一筋の乱れもなく撮影することができたのはこの時だけ......

取り憑かれたように何本ものフイルムを詰め替えてはシャッターを切っていました。


ワンダーレイクとデナリ夕景。
夕日が沈み暗くなるまでワンダーレークを見下ろす丘の上で撮影していました。
昼間、何度かクマを目撃した道を、ヘッドランプの光だけを頼りに1時間ほど歩き、テントへと戻るのはなかなかに緊張感があるのです。


ルース氷河上でキャンプをしていた厳冬期。デナリの上に現れた二重のレンズ雲。



空からみたデナリ。この一つの山自体はエベレストよりも大きいのです。


ツンドラの彼方からの光が徐々に山肌を染めてゆきます。雪で真っ白なはずの北壁、ウィッカーシャムウォールが真紅に変わった瞬間。これほどにまで紅い山を見たのは後にも先にもこの時だけ。

動物たちはこの光景を見ているのだろうか?そんなことを考えながら紅い山を見つめていました。


左の肩に三日月がのぼり。遠くからはオオカミの遠吠えが聞こえてくる。

ドン!と腰を据え。ツンドラの荒野を見渡しているこの大陸の最高峰は偉大な山だと思います。
デナリ ー偉大なるものー ようやく、その様相にふさわしい名前に戻ったのだと、なんとなく嬉しい気分になったのです......